この項目は説明のコメントを書くのが非常に難しい記事です。
なぜならば、自分の記憶以外に
この国道42号線と景色を見ても見知らぬ土地の景色ばかりだからです。
この道は物心が付き始めた頃から父親のクルマで
永遠と時間を掛けて走り続けていた1本の道でもありました。
伊勢自動車が出来る前は国道23号線を真っ直ぐと走らせ、松阪近辺で曲がりました。
信号の数や単線国道と時期もお盆や正月でいつもの自然大渋滞が巻き起こります。
愛知県東海市からこの三重県尾鷲市梶賀町まで距離にすると200キロ足らずですが、
時間では6時間〜7時間、休憩を入れると約8時間、
渋滞が酷くなればそれは10時間というロングタイムの往復で
行きと帰りで約2日近くの日数が消費されていました。
この景色を見てピンと来るのは榎本ピット長とTOM桂川さんくらいのものでしょう!
それでも半年に1度この道を走らせると不思議な事に
変わらない景色の中で記憶の断片がフラッシュバックのように甦ります。
消えてしまった尾鷲ドライブインやら、峠道に存在していた喫茶店やレストラン。
たった数十年の時間軸の中で街から若者が消え、
そして活力と体力を奪われ朽ち果てて行く音の無い悲しさも同時に感じました。
三重県尾鷲市梶賀町からは街中の個人経営的な駄菓子屋が全て消え失せ、
天気の良い夏休みだというのに地元で遊ぶ子供の姿すら1人も見掛けませんでした。
この尾鷲市梶賀町から愛知県東海市に帰る間際に、いつも駄菓子屋のおばさんが
おやつ程度のお菓子をこっそりと自分たち兄弟にプレゼントしてくれるのが
ワクワクと嬉しかった当時の記憶が蘇りました。
その駄菓子屋さんも今ではお店の痕跡すらありません。
ここ数十年でこれほどまでに環境が変わるものなのか?と疑問にさえ思えます。
30年前の視点でやや低めのローアングルで撮影する景色と、
いまの目の位置からでは景色は同じようでも微妙なアングルが大きく違って来ます。
加古。
2 件のコメント:
加古師匠 こんばんは。
今回も沢山の心和む写真を有難うございます。
でも本当は和むとはチョッと違っていて微妙に切ないような気持ちになるのは何故なんでしょうね~
国道42号線、鬼ヶ城、海山町の景色、尾鷲市街の何時も買い物をするジャスコと見慣れた景色が何故か切なく感じてしまう今日この頃!
高速が伸びるのは便利で良い様な気もしますが、やっぱり42号線が使われなくなるのは
悲しいですね~
桂川
こんばんは〜!
TOM先生。
妙に切ないような気持ちになるのは何故なんでしょうね~
と御座いましたが、それはボクにも解りません。
国道42号線、鬼ヶ城、海山町の景色、尾鷲市街は思い出の景色です。昔のまま発展せずに朽ち果てて行く町並みが何とも云えない切なさの原因なのかも知れませんね!
高速が出来ても23号&42号線オンリーでツーリングにでも行きましょう!楽しみにしています。
加古。
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